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99年10月18日、日産自動車のカルロス・ゴーン最高執行責任者(当時)は、5工場の閉鎖、2万1千人の削減、関連企業の半減を柱とする大リストラ計画「日産リバイバルプラン」を英語で発表するなかで、次の部分だけ片言の日本語で述べた。
「日産リバイバルプランを成功させるためには、どれだけの多くの努力や痛み、犠牲が必要となるか、私にも痛いほどわかっています。でも信じて下さい。他に選択肢はありません。」
その後の約2年間、氏が実行してきたことはこれまで営々として日産を支えてきた関連企業と労働者に対して、徹底的に犠牲を強いることだった。
最近のマスコミの多くは、ゴーン社長が日産再生を着実に実行していると報道しているが、とらえ方が一面的に過ぎる。日産自動車労働者にとって「リバイバルプラン」が何をもたらしたかを客観的にみていくことによって、事実を明らかにしたい。
1.「リバイバルプラン」の労働者への影響
(1)長時間・過密労働を前提とした生産能力
リバイバルプランが発表される直前まで日産の経営陣は、日産の現有生産能力を200万台とし、実際の生産が170万台でも利益が出る体質に改善することを目標としてきたが、「リバイバルプラン」では現有生産能力を一気に240万台だと言い直した。その根拠が、「完全稼動の2シフト」なる生産体制である。これは毎日の残業と月平均3回の休日出勤を前提とし、年間の超過勤務時間が労基法が定めた360時間を大幅に越える。3工場を閉鎖すれば、販売好調時には過酷な生産体制になるという労組の指摘にたいして、氏はフランス流の3シフトを導入することを前提とした「年間5000時間の(設備)稼働時間」を行うとさえ述べた。現実に販売好調なマーチの生産に携わってきた村山、追浜工場の労働者の超過勤務は年間四百数十時間に達している。
(2)工場閉鎖で多数が退職
1966年に日産が吸収した旧プリンス自動車工業は、東京に荻窪、三鷹、村山の3つの工場をもっていた。その3つの工場が、荻窪98年、三鷹99年、村山2001年と立て続けに閉鎖され、労働者は荻窪から群馬県富岡市(2000年7月に石播に売却)、三鷹から愛知県刈谷市(99年4月に豊田自動織機に売却)、村山から栃木、追浜等の工場へ配転された。その結果、退職した人は村山工場だけで約700名に及び、これらの人の圧倒的多数は、未だに職に就けずに、わずかな割増退職金で生活をつないでいる。
(3)工場閉鎖で圧倒的多数が単身赴任や遠距離通勤
村山工場、日産車体京都工場、愛知機械港工場(名古屋)の3工場の閉鎖により、労働者は栃木、追浜、座間、日産車体湘南(平塚)等の各工場へ配転され、そのほとんどが単身赴任または遠距離通勤を余儀なくされ、健康破壊、家庭生活破壊がすでに顕在化している。ゴーン氏自身はフランスから妻子を呼び、「ベストファーザー」のひとりに選ばれる子煩悩ぶりが報じられているが、労働者は昭和30〜40年代につくられた独身寮でわびしい一人暮らしを送っている。追浜工場へ単身赴任した工長が、居室で急死していたことが翌日発見されるという痛ましい事件もおきている。
(4)信賞必罰の賃金制度の導入とサービス残業の増加
「リバイバルプラン」の柱のひとつに、実績重視型の賃金制度の導入が掲げられているが、すでに管理職は年俸制になり、主査クラスは実績にリンクした賃金体系に変えられ、毎年の業務を本人が会社と「コミットメント(必達目標を約束)」して実績を評価するようになった。そのため、残業手当なしで長時間・過密労働を強いられ、部下に対しても残業手当なしの労働を強いるようになっている。
ゴーン氏自身、朝7時から夜11時まで働くという「セブン・イレブン」の異名を誇りとしており、株主総会で役員報酬の倍加を決定して自らの収入も増加させたが、労働者の低賃金には全く無関心である。
2.「痛み」を末端に押しつける「再生」はあり得ない
小泉首相は先日、ゴーン社長を招いて「日産再生の手法を国政の参考にしたい」ともちあげた。「構造改革」の痛みを国民に押しつけることを公言してはばからないところは、ゴーン社長と通じるところがある。
リストラによって企業は回復するのか?。そうは思われない。2001年上期(1−6月)の生産実績をみると、日産は国内および北米で大きく後退している。7,347億円にも及んでいた別途積立金を全額取り崩したことは社内では全く説明されていない。労働者、関連企業、地域住民を犠牲にした日産の業績回復は、演出された回復であり、長い目でみればいっそう日産の企業の体力を弱めるだろう。この2年の間、ルノー資本の意を体したゴーン氏のリバイバルプランに対して、全労連・JMIU・JMIU日産支部は総力をあげて反対運動を組織してきた。その理由は、一言で言えば「労働者犠牲のうえにたった企業の再建策」から、日産および関連企業の労働者の生活を守り、日本全体をおおう「リストラ万能」の風潮をおしとどめ、日本経済の真の回復の方向をめざす全労連をはじめとする労働者と国民の運動に積極的な役割を果たしたいという気概に燃えたからである。
最近、村山工場の跡地を宗教団体に売却する可能性があることが報道された。「わが亡き後に洪水よ来たれ」まさに資本の姿が示されたような象徴的な出来事である。
もう一度、「リバイバルプラン」の到達点を振り返ってみよう。「リバイバルプラン」は、
(1)連結ベースで労働者1万4200人削減
(2)部品メーカー30%削減
(3)サービスなどサプライヤー40%削減
(4)販売拠点300店閉鎖
(5)部品購入額3,220億円削減
(6)関連企業保有株式80社、1,460億円売却
(7)3つの車両組立工場の生産打ち切り
(8)長時間過密労働の強要
まさに「一将功成って万骨枯る」経営を許すことはできない。
3.リストラ反対運動の飛躍的拡大をめざして
これに反撃する運動の方向としては、
まず第一に、「リバイバルプラン」が労働者、国民および国民経済の利益と相反するものであることを解明することである。日産リバイバルプラン発表後、三菱自動車、マツダ、いすゞなど相次いで同様のリストラ策を実施しようとしている。最近、NEC、東芝、松下など電機産業で大規模名リストラが発表された。
これらの資本の動きに対して、「リストラ合理化」に反対し、労働者の雇用を守り、拡大することは、国民経済の改善に欠かせないものであることが、国内の世論として広がろうとしている。このような情勢のなかで、私たちが経験したことを世間に伝えていくことは、日産の労働者としての責務である。
第二に、このたたかいを通じて獲得した職場労働者の信頼を、具体的な組織の拡大に結実させることである。活動は日産の労働者の共感を得ている。仲間は、栃木、横浜、追浜、座間、村山、日産テクニカルセンターなどに活動の足場をつくることができた。ここを拠点に組織の拡大を追求する。
第三の課題は、情報交流の強化、共闘の拡大である。前述の通り、いま日本中の企業の中にリストラの嵐が吹き荒れ、これに反撃するたたかいも強化されてきている。多国籍企業の横暴に苦しむ各国の労働者のたたかいの交流も広がっている。
このような内外情勢の中で、自動車関連の労働者、電機をはじめとする他産業の労働者および海外の労働者との共通の要求に基づく運動を展開していく必要がある。
第四の課題は国民的共同の課題である。村山工場をはじめ多くが、地域の産業・経済振興のために、国と自治体が多様な優遇措置をもって誘致した工場であり、それによって地域の関連する商工業の集積ができ、労働者・住民の生活する地域が形成され、自治体財政も成り立っている。従って、日産の地域社会に対する責任はきわめて大きい。
それにもかかわらず、日産は自治体や地域に事前の協議もなく、NRPによる工場閉鎖、大量の人員削減と下請企業の整理淘汰などの強行で、地域社会・経済に深刻な被害を及ぼしていることは、大企業の社会的責任を無視した行為である。 しかも、これによって多大な利益を手にしたことは社会的な不公正の拡大である。
雇用と営業の確保をはじめ、日産の地域社会に対する社会的責任を果たさせることは、日産関連労働者だけでなく地域住民と自治体、地域中小業者の共通の課題となるものである。地域から広範な力を構築して、大企業の横暴を規制する共同行動を強めることが重要である。
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